さて、東南アジア視察3日目。
朝、待ち合わせの5時にホテルのロビーに行くと、
マレーシア代表のユニフォームを着る
謎の日本人、実藤氏がやる気マンマンで立っていました。
「さぁ、竹内さん、行きましょう!」
気合が入りまくる実藤氏。
タクシーに荷物を詰め込み。
まだ暗い、クアルランプールの街をタクシーで走り抜けます。
そして、空港に到着したところで、
沈黙を守っていた実藤氏が、私に話しかけてきました。
「竹内さん」
「なんだよ」
「実はですね」
「ふむふむ」
「これから、ペナン島に行きます」
「ペナン島??? それどこ?」
「ここです」
「あれ? マレーシアじゃん」
「そうです。マレーシア国内です」
「タイのバンコクに行くんじゃないの?」
「行きません」
「・・・じゃあ、どこへ行くんだよ」
「ペナン島から、バタワースという町にタクシーで移動して・・・」
「そこからどうするんだよ」
「汽車に乗ってバンコクへ行こうと思います」
(あまりのショックに意識が飛ぶ竹内)
「き、汽車で?」
「ええ、マレー鉄道に乗れば、国境を越えてタイに抜けられます」
「・・・実藤君」
「なんでしょうか」
「飛行機で行こうよ」(核心を突く質問)
「ダメです」
「なんでだよ! なんで汽車でタイに行かなきゃダメなんだよ!」
ぐ~ぐ~
「寝るんじゃねぇーぞ、ごらぁ!」
と、揉めている間に、
ペナン島に到着。
実藤氏の「日本人だと思われたら、ぼったくられる」という、
よくわからないアドバイスの元、
私もマレーシア代表のユニフォームに着替えることに。
そんな時、荷物の受け取り場所で、
ブラジル代表のマレーシアの子ども遭遇。
思わず、「お前がこのユニフォームを着ろよ!」と、
言いたくなってしまいました。
さて、そんなわけで。
ペナン島の空港から、町の中心部ジョージタウンに移動。
「竹内さん、ジョージタウンは世界遺産らしいですよ」
と、マレーシアのユニフォームを着て、
日本の「地球の歩き方」を読む不思議な旅行者、実藤氏。
日本人の観光客を寄せ付けない、オーラが漂っています。
「しかも、美しい町並みで評判らしいです」
「よし、観光しよう!」
ということで、町に繰り出してみたものの
ジョージタウンは何の変哲もない田舎町で
市場もゴミゴミしていて、
10分もしないうちに竹内、飽きてしまいました。
「この町のどこが世界遺産なんだよ!」
「ガイドブックには、ここが一番の繁華街だと」
「これのどこが繁華街なんだよ!」
「おかしいなぁ」
「この町が世界遺産に登録されるなら、
池袋の北口も世界遺産に登録されるぞ!」
竹内、この旅行で一番の逆ギレです。
その逆ギレを沈めるために、
実藤氏、とりあえず、
竹内にビールを飲ませて、ご機嫌を取ることに。
そして、気分が良くなった後、
タクシーにて、ジョージタウンから、
汽車が出発するバタワース駅に向かうことにしました。
「タクシーに乗ったら、ぼったくられるんじゃないか?」
「大丈夫ですよ」
「なんで?」
「ほら、僕たち、マレーシア代表のユニフォーム着ていますから」
「なるほど!」
「どっから見てもマレーシア人ですよ」
と自信満々にタクシーに乗って、
見事にぼったくられる実藤氏御一行様。
その後、
列車のチケットを買って、
ホームまでテクテクと歩いていき、
いざ、タイに向けて出発!
どんな汽車が、車両を引っ張っているのか、
先頭まで見に行ったところ、
ふざけたぐらいポンコツな汽車と判明。
本当にこれに乗ってバンコクに着くのでしょうか?
しかし、それでも念願叶ったのか、
ご満悦の実藤氏。
「実藤君、この汽車、ホントにバンコクに行くのか?」
「行き先は、汽車の側面に書いていますよ」
そういわれて、汽車の側面を見に行ったところ、
「読めねぇーよ! どこ行くんだよ、この汽車!」
と、もめているうちに、汽車はバタワースを出発。
「竹内さん、汽車の旅っていいですね!」
興奮気味の実藤氏。
「たまには、こういう視察ツアーもいいかもな」
だんだん、状況を受け入れるようになった竹内。
「ところで、実藤君」
「なんですか?」
「この汽車、どのくらいでバンコクに着くんだ?」
「20時間後ですよ」
「・・・・・・・」
「明日の、朝10時に、バンコクに着きます」
「ちょっと待て」
「は?」
「お昼の1時に乗って、着くのが明日の朝10時かよ!」
「ええ」
「そんなに汽車に乗ったら、機関車トーマスになっちまうぞ!」
竹内の怒りに対して、仏のような表情になる実藤氏。
「まぁ、どちらにせよ長旅になりますから……」
「僕は寝ますね」
ぐーぐーぐー
と、突如として爆睡してしまった実藤氏。
そして、
突然放置されて、やることが何もなくなってしまった竹内。
外を見れば、見渡す限りのジャングル。
隣の人に話しかけようと思っても、
言葉が通じる気配さえない皆様。
そして、なぜか、さっきからじっと僕ら二人を見つめ続ける、
中年のオッサン。
私は一体、
なぜ、ここにいるでしょうか?
しかも、目の前に座っている、この男。
よく、こんな格好で寝られるものです。
疲れているのか、30分おきぐらいに、
指先がピクピクと痙攣していて、
それを見て、時間を潰している自分が、
不憫でなりません。
そんなこんなで2時間ぐらい過ぎて、
実藤氏の指先の痙攣も見飽きたので、
日本から持ってきた折り紙で、鶴を折ることにしました。
ええ、何十年ぶりかに鶴を折りました。
本当に、死ぬほど、汽車の中はヒマなんです!
なんとか四苦八苦しながら、
ようやく鶴が完成!
隣の席の子どもが、
「何やってんだ、このオッサン」
という目つきで、私の方を見つめています。
しかし、作った鶴の行き場がないので、とりあず、
実藤氏の頭に乗せることにしました。
30分ごとに指を痙攣させながら、
白い布を顔からかぶり、頭に折り鶴を乗せる実藤氏。
そのカオスな光景を見て、たびたび、頭の中で、
「ひと思いに、この男の息の根でも止めてやろうか」
という、殺意がわいてくることもありました。
さて、そんな世界一、無駄な時間を過ごしているうちに
夕方には、タイとマレーシアの国境の駅、
「パダン・プサール駅」に到着。
爆睡していた実藤氏を起こし、
出国審査と入国審査を同時に済ませて、
国境の売店でアイスを食べて一休み。
ちなみに、国境の町がどんな町なのか、
駅から降りてみたところ、
周囲には建物も施設も何もナシ!
国境ということもあり、
怪しいマレーシア人が近寄ってくるんですが、
マレーシア代表のユニフォームを着ている怪しい日本人に
話しかける勇気があるマレーシア人は誰もいませんでした。
さて、再び汽車に乗り込むと、
車掌さんから、夕飯のメニューが手渡されました。
注文すると、
挽肉炒めのようなお弁当と、
謎の木の実が出されました。
それでも、汽車の中で食べる食事は、
それなりに格別な味がしました。
その後、汽車は揺れに揺れて、タイに突入。
その頃には日も沈み始め、
夕焼けのキレイな田舎町を走り続けます。
バラック小屋の、壁がないような家もたくさんあり、
蒸し暑いせいか、子どもから、大人まで、
ほとんどの人が、ジャングルの中で、上半身裸の状態。
デング熱を警戒して、
日本から大量に持ってきた虫除けスプレーが、
バカバカしく思ってしまうぐらいでした。
さて、夜もすっかり更けると
車掌さんがやってきて、座席をベッドに変更。
ベッドメイキングもしてくれて
あっという間に、二段ベッドの出来上がり。
「こんなので、本当にぐっすり眠れるんですかね?」
と、なぜか状況を偉そうに見守る実藤氏。
あんなカエルみたいな寝方をしていた男に、
とやかく言われる筋合いはありません。
しかし、寝床は気になるらしく、
「どれどれ」
「よいしょ」
「おっ、竹内さん、これ、快適っすよ!」
まるで修学旅行の高校生のようにはしゃぎ回る
35歳独身の実藤氏。
「おいおい、子どもじゃないんだから」
と呆れ顔で、竹内も二段ベッドに上がることに。
「よいしょ」
「すげぇ! こりゃいい眺めだ!」
まるで、林間学校の小学生のようにはしゃぎ回る
44歳既婚の竹内氏。
「実藤君、せっかくだからさ、朝まで語り合おうぜ!」
と、旅行気分が最高潮に盛り上がるが、
実藤氏は
スタスタと上段のベッドに上がると、
「俺、もう眠いんで」
と、一言言って、
再び爆睡体制に入ってしまいました。
最後に、二段ベッドの上から、
「景色がキレイとかいって、無理に起こさなくていいですからね」
と忠告まで受けて、そのままイビキをかいて寝てしまいました。
まったく、まるでコアラのように、1日に何時間も寝る男です。
まぁ、そうは言いながらも、自分も長旅の疲れがあって、
ベッドに入ると、そのまますぐに眠りに落ちてしまいました。
そして明け方――。
ふと、窓が明るくなっているのに気づき、カーテンを開けると、
汽車はゆっくりと海岸線を走っていました。
ちょうど朝日が昇る時間と重なって、
草原の向こう側の海から、太陽が上がってくるところでした。
写真では、その感動が伝わらないと思いますが、
とっても幻想的な光景で、
実藤氏も起こして見せてやろうと思いましたが、
「起こすな」と言われたので、
そのまま放っておくことにしました。
さて、完全に日が昇って朝になると、
朝食が運ばれてきます。
なかなか立派な朝食。
でも、なぜか、
パックジュースの蓋のイラストには、
やる気の「や」の字も感じられません。
@SOHOで安いイラストレーターを探したって、
こんな酷いイラストを描く奴には出会わないって感じです。
寝起きで頭がぼんやりしているのか、
汽車に乗りすぎて頭が揺ら揺らしているのか、
よくわからない状態で
とりあず、ぼんやりした状態で朝食を食べました。
すると実藤氏が、寝ぼけた声で話しかけてきました。
「竹内さん」
「なんだよ」
「太陽が昇るところ、見ました?」
「ああ、見たよ。すごいキレイだったよ」
「なんで起こしてくれなかったんですか」
「・・・・・・」
この時、心の中で、
やっぱりあの時、息の根を止めておくべきだったと、
心底思いました。
さて、朝食後、日本にいる高校生の娘に、
実藤氏と汽車の旅をしているメールを、写真付で送ったところ、
「お父さん、男の人とペアルックで旅行しているの?」
と、マレーシアのユニフォームが、ホモ疑惑を生んでしまう事態に。
なんとか言い訳をするが、
さらにそれが父親のホモ説の疑惑を広げてしまい、
しまいには、娘からのメールが音信不通に。
「実藤君・・・年頃の娘って難しいね」
「そんなもんですよ」
と、適当に相槌を打つ実藤氏に、
軽い怒りを覚えながら、汽車はタイに向けて走り続けました。
その後、タイの中心部に近づいていることもあり、
景色はだいぶ都会っぽくなってきました。
「実藤君、そろそろ10時だから、バンコク到着だね」
「いえ、あと1時間かかりますよ」
「え? なんで?」
「タイとマレーシアには1時間の時差がありますから」
「・・・・・・」
「だから、時計の針を1時間、戻してください」
ということで、時計を戻して、
さらに1時間、汽車に乗るハメに。
しかも、ところどころ汽車が遅れて、
最終的に、バンコクの駅に着いたのは、
予定よりも1時間30分遅れ。
「実藤君、結局、汽車には何時間乗ったんだい?」
「えーっと、時差と遅れを足すと……」
「22時間30分ですね♪」
「・・・・・・」
「竹内さん」
「なんだよ」
「次、ヨーロッパの視察の帰りに、ロシア鉄道なんて・・・」
「誰が乗るか、ぼけ!」
そんなわけで、
なんとも、楽しくて過酷な汽車の旅は、無事、終了しました。
この旅が、一体、私達に何をもたらしたのか、
今を持って、まったく分かりませんが、
ひとつだけ言えることは、
「22時間も汽車に乗ると、飽きる」
という現実でした。
みなさんも、マレーシアに出張に行った際は、
ぜひ、バンコクまで汽車で行ってみてくださいね!
(行かねーよ)
なお、後日談ですが、バンコク到着後、実藤氏が、
「汽車の次は、ゾウに乗りたい」
と、わけのわからないことを言い出して、
タイ郊外で、ゾウに無理やり乗せられるエピソード等がございますが、
今回はスペースの都合上、割愛させて頂きます。
とにかく、早くホテルに帰って寝かせてくれー!